全部AIのせいだ。「AIが回答した通りにやったので私の責任ではありません」と言う事が当たり前に言われるようになるように思うのである。AIにはユーモアは許されないのだ。人工知能とロボットの違いはなんだろうかと考えると、どうしても同一視してしまう。未来からきたネコ型のロボットと言う表現で、ネコ型人工知能とはいわないので、定着させたのは社会の流れでもあるのかもしれない。ざっくり考えると、ロボットは身近な存在で、人工知能は映画に出てくるような巨体な脳ミソ、どでかいマザーコンピユーターをイメージする方が良いのかもしれない。
AIにしてみれば「私には間違いはありません」「あなたたちに教育されたのですから」と正当な理由をのべるだろう。逆に人間からしたら「どうしてもこんな判断をしたんだ、壊すべきだ」となるのも納得はいくのうに感じる。まあ、だいたいの映画、ゲームなんかでは破壊される運命にあるだが。
結局のところ、人がどう扱っていくのかと言う倫理観に頼るしかない。技術の進歩には、黎明期、期待期、幻滅期、回復期、安定期と順をおっていくそうだが、果たして幻滅されて陳腐化されてしまうのか、生き残るかだ。
AIではないが、○○payも各社こぞって参入したは良いがドンドンと淘汰されていくし、LINEなんかは撤退するようだ。残ったものは生き残りの為にあがくのか、それとも細々とやっていくのか。人間は飽きやすいので一時は過熱する、私も一時は○○payを使っていたが、全く使わなくなってしまった。まあ、領収書の決済に使えるのでそこに使うだけになっている。
人間は残酷なモノだよね、使わないとなればあっさりと離れていく、今の時代は特にそのスビードが加速しているように思うんだよね。AIに明るい未来はあるのかな、あってほしいとは願っているが、AIにも得意分野でわけていくだけでも、AIにとっても住みやすい世界になるかもしれないね。
ゲームの世界の話が混じるけども、ToHeartのマルチを許容できる位の人間としての成熟さをAIにためされているのかもしれないよ。
活用よりも共存の道はあるのか。