AI関連の開発はものすごい速さで進んでいて、既に世界中に普及しているはず。
流石のAI素人の私でも凄さや恐ろしさを感じている。AIが何なのかについては他を参照しましょう。
AIの普及と法律や社会活動への影響は考慮しないで進んでいて、技術レベルと倫理的なモノが追いついていない状況でしょう。AIで人をうごかしたり、別人として話が出来たりと。まあ、特にエンタメの分野での普及が目に着いていしまいます。手軽に快感が得られるのでAIとエンタメは最高の組合せなのでしょう。
そのうち、人が作った動画よりもAIで生成した動画の方が人気が出るのはめにみえていますし、AIが作ったモノをAIが見ているという状況かもしれません。
危機的な状況はAIによる現実が、本物の現実を超えてしまう事かもしれません。AIが本物と思いこめば、現実は違うモノと認識してしまう世代は出てくるでしょうね。
段々とAIの作ったものを、現実として構築していくことになってしまい。架空が現実に、現実が架空になってしまうきがします。
純粋に自然のモノはのこっても都市部で人間の手の届く範囲ではそれが当たり前になる気がします。
普及している時点でAIはすでに世界征服を果たしているのでしょう。あとは人がどう抗っていくかが課題になっていきます。ターミネーターの世界観は言い過ぎですが、既に侵略されている気もします。AIの動画生成や対話をもとに判断を下している事もあるので「ゾッと」しますね。
この普及は止められない流れ、「引き返せない楔」でしょう。善か悪かと言われれば、目に見える不利益が発生しない限りは善のものとして受け入れられるでしょうが、不利益が発生すれば悪なるかとおもいます。しかも人の判断ではないので「AIなら仕方ない」となるケースもあるでしょう。ただ、AIに対してもAI開側が代理人として責任の肩代わりをする必要があるという議論も出てくるかもしれない。AIの犯した罪はAIにはとれないので、代理人が請け負うという事になる。
OpenAIや他のサービスを間借りしてサービスを運用している事が多そうなので、親であるOpenAIには責任はなく子供である間借りAIに責任をとることになりそうでが、それくらいしないと、AIの氾濫は止められないでしょうね。
人間は飽きやすいのであっという間にすたれてしまうかもしれません。ものすごいブームの後にとてつもない凪の時期がある。「AI生成の動画?飽きた飽きた」と言われる日が突然来るかもしれませんし、AIよりも実際に人がやる方が良いと考える人たちもふえ、根本を見直すべきという思想も強くなりそうです。
AIという言葉だけが1人歩きしている。そもそもAIという名づけが正しいのかも分からない。遠い昔に考えられたAIとは違う代物で呼び方がないからAIとしている気もします。
適当に書き散らかしましたが、今後を考えるのは自分次第であるのは間違いなさそうです。